英文和訳、和文英訳でニュアンスを伝える難しさ
先日出版された、アメリカのバラク・オバマ前大統領の回顧録"A Promised Land"の中で、オバマ氏が鳩山由紀夫首相(当時)を評した部分をどう訳するか、ということがメディアで話題になっていました(朝日新聞)。これについては、翻訳家の鴻巣友季子氏の記事がわかりやすかったので、読んでみてください("オバマ氏は鳩山氏を「感じ良いが厄介な同僚」と思ってた? 回顧録報道の和訳に疑問(鴻巣友季子) - Y!ニュース") 。
英文和訳の奥深さを改めて感じた訳ですが、今回は逆の和文英訳の話題です。
「きっかけ」と「原因」(日本医師会 中川会長の発言から)
新型コロナウイルス感染症の流行について、日本医師会の中川俊男会長は2020年11月18日の記者会見でこう述べました(産経新聞))。
「Go Toトラベルから感染者が急増したというエビデンスははっきりしないが、きっかけになったのは間違いない。」
Sankei Bizの記事はこう続きます。
(中略)中川氏は「『Go Toトラベルが原因だ』とは言っていない。『きっかけになった』と言った。言葉を正確にご理解いただきたい」と反論。
疫学における因果関係の証明には慎重な考察が必要なので、中川氏が「Go Toトラベルが感染拡大の原因だ」と言い切るのを避けた意図は理解できます。しかし本記事で扱いたいのは因果推論の話ではなく、この「原因」と「きっかけ」という言葉の使い分けを、英語でどのように表現するか、と言うことです。
そもそも「きっかけ」と言う日本語を国語辞典(小学館、デジタル大辞泉)で調べると「物事を始める手がかり。糸口。また、原因や動機 」となっており「原因」と言う意味で「きっかけ」という日本語の表現を使うこともありそうです。しかし、今回の中川氏の発言では「原因」と「きっかけ」という言葉を使い分けており、英語で伝える時はそのニュアンスをどう表現するかが重要です。
「きっかけ」と「原因」〜 英字新聞各紙はこう書いた〜
Nakagawa said that although there was no concrete evidence to indicate that the government's "Go To Travel" subsidy campaign was responsible for the spike in cases, "there is no mistaking that it acted as a catalyst."
また朝日新聞はこう報じました(November 19, 2020)。
At a news conference on Nov. 18, Toshio Nakagawa, president of the Japan Medical Association, said “there is no doubt” that the Go To Travel campaign “triggered” the sharp increase in new infections in recent days.
共同通信はcatalyst、朝日新聞はダブルクォーテーションマーク(二重引用符)を用いた"triggered"という単語を用いていました。また両者の違いとして、発言の前半部分(「Go Toトラベルから感染者が急増したというエビデンスははっきりしないが、」)について共同通信は「although there was no concrete evidence...」と含めて報じていますが、朝日新聞の記事では特に触れていません。
そのこともあいまって、中川氏の「『Go Toトラベルが原因だ』とは言っていない。『きっかけになった』と言った。」という意図をより表現できているのは、共同通信の記事ではないかと感じました(個人の感想です)。